Journal of Ojisan Studies
Vol. 1 | 2026 | Original Research

質問に答えず脳内をダンプする人々 ― 認知的自己中心性の観察

Anonymous Researcher
Department of Corporate Anthropology, Institute for Ojisan Research
Received: 2026年1月5日 | Published: 2026年1月5日

Abstract

質問の意図を汲まず、聞いてもいない経緯を最初から説明し始める。相手の脳内モデルを無視して自分の脳内をダンプする人々の観察記録


本日の観察対象

離職率マスター (Homo resignationis catalyst) 役職:少し偉い人 / 得意技:脳内ダンプ / 危険度:SR


観察記録

第一章:突然の依頼

ある日、離職率マスターからメッセージが届いた。

「コーポレートサイト、リリースできますか?」

私はコーポレートサイトの担当ではない。だからURLを求めた。URLが届いた。

担当外だが、調べればなんとかなるだろう。

リソースを探索し、CIパイプラインを発見した。いきなり本番は怖いので、まずSTG環境で実行。成功。念のためログとETagを確認し、変化を検証した。

私は偉い。

ここまでは良い。問題はこの後だ。


第二章:シンプルな質問

私は確認のために質問した。

「リリースボタンのようなものを押してリリースできたとして、どう正しくリリースできたか確認するんですか?

これは明確な質問だ。

「リリース後の確認方法は何か?」

期待する回答の例:

  • 「ページを目視で確認してください」
  • 「特定のURLにアクセスして表示を確認」
  • 「Slackで報告もらえれば確認します」
  • 「わかりません、協力会社に聞いてください」

どれでもいい。質問に対する回答であれば。


第三章:予想外の返答

離職率マスターの回答はこうだった。

「えっと、炎上メーカーチームの人が、協力会社にお願いしてwebサイトの編集をお願いして、それはSTGで確認して、今はそれのリリースをお願いしたいの」

…。

それは知っている。

いや、正確には知らなかったが、質問の答えではない。

私が聞いたのは「リリース後の確認方法」だ。なぜ「そもそもの経緯」を最初から説明し始めるのか。

不快感を覚えた。

理解していないと思われたのか。それとも、自分の知っている情報を押し付けたかっただけなのか。


第四章:認知的自己中心性

この現象には名前がある。

認知的自己中心性(Cognitive Egocentrism)だ。

発達心理学者ジャン・ピアジェが提唱した概念で、「自分の視点から抜け出せない」認知の傾向を指す(Piaget, 1926)。

本来は幼児期に顕著な特徴だが、大人でも程度の差はあれ残っている。

離職率マスターの脳内では、おそらくこう処理された:

  1. 「リリースの確認方法?」という質問を受信
  2. 「リリース」というキーワードをトリガーに、自分の脳内にある「リリースに関する情報」がアクティブになる
  3. 相手が何を知っていて何を知らないかを考慮せず、自分の脳内情報をそのまま出力

これが認知的自己中心性だ。

相手の質問の意図ではなく、自分の脳内で活性化した情報を優先する。


第五章:心の理論の欠如

関連する概念に心の理論(Theory of Mind)がある。

心の理論とは、「他者には自分とは異なる信念、欲求、意図がある」と理解する能力だ(Premack & Woodruff, 1978)。

心の理論が十分に機能していれば:

  • 「この人はすでにSTGで確認したと言っている」
  • 「つまり経緯は把握している」
  • 「聞きたいのは確認方法だ」

という推論ができる。

しかし心の理論が十分に働かないと:

  • 「リリースの話だな」
  • 「リリースについて私が知っていることを話そう」

で終わる。相手が何を知っているかは考慮されない。


第六章:会話の協調原則

言語学者ポール・グライスは、会話の協調原則(Gricean Maxims)を提唱した(Grice, 1975)。

円滑なコミュニケーションのために、話者は暗黙に4つの格率に従うという理論だ。

格率内容離職率マスターの違反
量の格率必要な情報を過不足なく聞かれていない情報を大量に提供
質の格率真実を述べる(違反なし)
関連性の格率関連のあることを述べる質問と無関係な経緯を説明
様態の格率明瞭に述べる質問への直接回答がない

離職率マスターの回答は、少なくとも3つの格率に違反している。

特に深刻なのは関連性の格率の違反だ。

「リリース後の確認方法は?」に対して「経緯はこうで…」は、関連性がゼロではないが、直接の回答ではない。

これを日常的にやられると、コミュニケーションコストが爆発的に増加する。


第七章:知識の呪い

もう一つの可能性は知識の呪い(Curse of Knowledge)だ(Camerer et al., 1989)。

自分が知っていることは、相手も知っているはずだ——あるいは逆に——相手は何も知らないはずだ、という認知バイアス。

離職率マスターは、私が経緯を知らないと思い込んだのかもしれない。だから親切心で最初から説明した。

しかし私はすでに:

  • URLをもらっている
  • リソースを調査している
  • STGでテスト実行している
  • ログとETagで確認している

これらの情報は、やり取りの中で伝えていた。

聞いていなかったのか、聞いていても処理されなかったのか。

どちらにせよ、結果は同じだ。質問に答えていない。


第八章:脳内ダンプという病

私はこの行動パターンを「脳内ダンプ」と呼んでいる。

プログラミングでいうメモリダンプ。システムの状態を、整理せずにそのまま出力すること。

離職率マスターの回答は、まさにこれだ。

相手の質問というクエリに対して、適切にフィルタリングされた結果を返すのではなく、「リリース」というキーワードでヒットした脳内情報をそのまま全部出力している。

// 期待される処理
function respond(question) {
  const intent = parseIntent(question);  // 質問の意図を解析
  const relevantInfo = filter(myKnowledge, intent);  // 関連情報を抽出
  return format(relevantInfo);  // 整形して返す
}

// 実際の処理
function respond(question) {
  const keyword = extractKeyword(question);  // キーワードだけ抽出
  return dumpAll(myKnowledge[keyword]);  // 関連知識を全部出力
}

後者は処理コストが低い。自分の脳への負荷は最小。

しかし聞き手の負荷は最大になる。


脳内ダンプの特徴

特徴説明
質問に直接答えない関連する情報は話すが、求められた回答ではない
経緯から説明し始める「そもそも」「最初に」が多い
相手の理解度を確認しない既知の情報を繰り返す
話が長いフィルタリングしないので情報量が多い
本人は親切だと思っている「丁寧に説明してあげている」つもり

対策

受け手として

  1. 質問を限定的にする

    • 「はい/いいえで答えられる質問」に分解する
    • 「確認方法は目視ですか?自動テストですか?」
  2. 理解していることを先に伝える

    • 「経緯は把握しています。聞きたいのは〇〇だけです」
    • 相手の「説明モード」を止める
  3. 話を遮る勇気

    • 「すみません、質問に戻っていいですか」
    • 遠慮すると時間だけが過ぎる

脳内ダンプしがちな人へ

  1. 相手が何を聞いているか、一度復唱する

    • 「確認方法を知りたいんですね?」
    • 自分の理解をチェックする
  2. 相手がすでに知っていることを確認する

    • 「STGでテストしたんですよね?」
    • 既知情報の繰り返しを防ぐ
  3. 結論から言う

    • 経緯は後でいい
    • 「確認方法は〇〇です。経緯を説明しましょうか?」

観察者の所感

質問に答えずに脳内をダンプされると、不快感を覚える。

なぜか。

それは自分の存在が無視されていると感じるからだ。

私は質問した。私には意図があった。しかし相手は、その意図を理解しようともせず、自分の脳内にあるものを垂れ流した。

これはコミュニケーションではない。独り言だ。

会話とは、二つの独り言が交互に行われることではない。 ― 作者不詳

離職率マスターに悪意はないだろう。むしろ「丁寧に説明してあげている」くらいに思っているかもしれない。

しかし結果として、私は不快になり、時間を浪費した。

そして最も厄介なのは、本人がこの問題に気づくことはないということだ。

なぜなら、相手の不快感を感知する能力——つまり心の理論——が十分に機能していないから、この問題が発生しているのだから。


参考文献

  1. Camerer, C., Loewenstein, G., & Weber, M. (1989). The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis. Journal of Political Economy, 97(5), 1232-1254.
  2. Grice, H. P. (1975). Logic and Conversation. In Syntax and Semantics 3: Speech Acts (pp. 41-58). Academic Press.
  3. Piaget, J. (1926). The Language and Thought of the Child. Routledge.(邦訳『子どもの言語と思考』)
  4. Premack, D., & Woodruff, G. (1978). Does the chimpanzee have a theory of mind? Behavioral and Brain Sciences, 1(4), 515-526.

How to cite this article

Anonymous (2026). 質問に答えず脳内をダンプする人々 ― 認知的自己中心性の観察. Journal of Ojisan Studies, 1.